歯科裁判事例【7】

Case7
抜歯から十分な期間を置かなかったサイナスリフト

【事件番号】

東京地判平成25年7月4日
平成23年(ワ)第33802号 
損害賠償請求事件(第1事件)
平成24年(ワ)第16621号 
損害賠償請求事件(第2事件)
(判例タイムズ1417号掲載)

【事案の概要】

本件は、患者が左上7番の疼痛を訴えてクリニックを受診したところ、担当医が同歯を抜歯して、抜歯から1か月半後にサイナスリフトを行ったが、上顎洞炎が生じてインプラント体を埋入することができず、さらに1年後に同様にサイナスリフトを行ったが、再び上顎洞炎が生じてインプラント体を埋入することができなかったため、患者が、抜歯から十分な期間を置かずにサイナスリフトを行った注意義務違反などによって上顎洞炎を発症したと主張して、慰謝料等の損害の賠償を請求するとともに、患者が代表を務める有限会社も、代表の休業により損害を被ったとして、損害の賠償を請求した事案です。

【争点】

  1.  左上7番が保存可能であったのに抜歯を選択した注意義務違反の有無
  2.  他に選択し得る保存的療法について十分な説明を行わなかった説明義務違反の有無
  3.  サイナスリフトの手技上のミスの有無
  4.  上顎洞炎等の合併症の危険性について説明をしなかった説明義務違反の有無

【判旨】

患者個人について一部認容 
55万円(請求金額 458万4780円)

法人について請求棄却 
(請求金額 200万円)

⑴ 争点1. 2. について

本判決は、まず左上7番の抜歯については、レントゲン写真や担当医の供述等から,左上7番には根尖病巣があり,また,同歯の歯根が歯槽骨に埋まっておらず,動揺が強かったと認定し,抜歯以外の治療法により保存することはできなかったとして、保存可能であったにもかかわらず抜歯した、また、他に選択し得る保存的療法について十分に説明しなかった、とする患者側の主張を退けました。

⑵ 争点4.について

本判決は、抜歯から十分な期間をおかずにサイナスリフトを行ったことについては、1回目のサイナスリフトの施術において,上顎洞粘膜を剥離する際に穿孔が生じ,骨補填剤が上顎洞に流出したため,上顎洞粘膜に生じていた感染が左上顎洞に波及し,左上顎洞炎を発症させた、という機序を推認した上で、抜歯からサイナスリフトまで2か月弱の期間で足りるとする担当医と、6か月をおくべきであったとする患者側協力医の供述を比較し,後者に合理性が認められ、したがって注意義務違反が認められると判示しました。

⑶ 争点3.について

手技上のミスについては、抜歯から十分な期間をおかずにサイナスリフトを行った注意義務違反が認められる以上、判断の必要がないとされました。

⑷ 争点5.について

上顎洞炎等の合併症の危険性については、診療記録などから、適切な説明が行われたと認定されました。

⑸ 法人の損害賠償請求について

法人の損害賠償請求については、就労が不能になる程度の症状が出たとは認められないとして、退けられました。

本件のポイント

本判決は、争点4.について、抜歯からサイナスリフトまで6か月をおくべきであったとする患者側協力医の供述に合理性があると認めています。この前提として、裁判所は、まず、「一般に,抜歯後,歯槽骨が治癒するまでには4か月ないし6か月を要すると考えられており,歯槽骨が治癒しない状態においては,抜歯窩の治癒過程で上顎洞粘膜と癒着する可能性が高く,上記期間をおかずにサイナスリフトを行うと,上顎洞粘膜の剥離作業において同粘膜を損傷する危険性が高い」と認定しており,抜歯後4か月ないし6か月経過後にサイナスリフトを行うことが医療水準であると判断したものと推測されます。さらに、左下7番には抜歯時点で根尖病巣があり,感染による炎症のため,上顎洞粘膜が肥厚し,粗造で脆弱な状態にあったと認定されています。そのため、なおいっそう長い期間をおくべきであった、という結論が導かれたようです。

本件のように、リスクを冒しても問題なかったという医療側の主張と、リスクを冒すべきではなかったという患者側の意見が対立した場合、実際に悪い結果が生じているときは、どうしても医療側の主張が不合理なのではないかという推測がはたらいてしまいます。したがって、リスクを伴う治療を行うときは、医療水準に照らして非難される可能性はないか考えてみて、少しでも不安を覚えたら手堅い方を選択する、という姿勢が望ましいと思われます。

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