歯科裁判事例【5】

Case5.
添付文書の注意事項に違反した投薬

【事件番号】

大阪地判平成17年3月30日
平成16年(ワ)第281号 
損害賠償請求事件

【事案の概要】

本件は、歯髄炎で抜髄治療を受ける際にキシロカインによる浸潤麻酔が行われたが,治療後に上下肢麻痺や右顔面麻痺などの症状が出たため、キシロカインの添付文書記載の禁忌に該当する血管攣縮の既往症を有していた患者が、上記症状はキシロカインの浸潤麻酔によるものであるとして損害賠償を請求した事案です。

【争点】

  1.  担当医がキシロカインを使用するに際して必要な問診を尽くしたか否か
  2.  因果関係の有無

など

【判旨】

請求棄却 
(請求額 419万2934円)

本判決は、結果的に因果関係を否定して請求を棄却しましたが、問診義務を怠った結果、禁忌であるキシロカインを投与した過失については認めました。すなわち、本判決は、過失については、担当医が必要な問診を行っておらず、例外的にキシロカインの使用が許される場合に該当するかも当然検討していなかったことから、添付文書記載の使用上の注意事項に従わない特段の合理的理由がないと判示しています。

本件のポイント

最高裁が、医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるとの基準を示しているからです(最三判平成8年1月23日)。このことから、本判決も、添付文書記載の使用上の注意事項に従わない特段の合理的理由の有無があったか否かという判断基準を用いています。

医療訴訟では、立証責任は患者側にあります。しかし、上記判例によって、添付文書違反については立証責任が医療側に転嫁されることになりました。すなわち、担当医が添付文書の使用上の注意に関する記載に従わないことによって、添付文書が防止しようとした副作用が生じた場合、医療側の方で特段の合理的理由があったことを立証しない限り、自動的に過失が認められてしまうのです。

しかも、この判例に対する最高裁判例解説が、特段の合理的理由の一例として、患者の生命を守るためにあえて危険を冒すことを挙げていることからすれば、注意事項に違反しても許されるのは、きわめて例外的な場合であることが窺われます。少なくとも患者が強く希望したというだけでは特段の合理的理由があったことにはならないようです。

このように、添付文書違反については、医療側は不利な立場に置かれています。

したがって、添付文書で禁忌とされている場合は、よほどのことがない限りは投与を避けるべきであるといえます。そして、日頃使用する可能性のある薬剤については、定期的に添付文書を確認して、何が禁忌であるかを確認しておくべきです。

とはいえ、まれに患者の生命身体に重大な損害が生じることを防止するために、禁忌とされている薬剤を投与、処方しなければならない場合もあるかもしれません。そのような場合は、添付文書が防止しようとした副作用が生じてしまうと、投与に特段の合理的理由があったかどうかが必ず問われることになります。そのため、投与にやむを得ない理由があったことを記録に残しておかなければなりません。禁忌の理由が持病にあるとすれば、投与がやむを得なかったという主張を裏付けるために、その主治医に投与の是非について相談して意見をもらっておくとよいのではないかと思われます。また、特段の合理的理由の有無を判断するにあたっては、患者の主観面も考慮されるようです。そのため、患者に対してリスクをわかりやすく説明した上で、同意書に自筆で署名をしてもらうとよいのではないかと思われます。

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