歯科裁判事例【11】

Case11.
クレーマーへの診療拒否と応召義務

【事件番号】

東京地判平成29年2月9日
平成26年(ワ)第29168号 
損害賠償請求事件
(判例タイムズ1444号掲載)

【事案の概要】

本件は、インプラント治療を受けた患者が、本人の意向を無視してガム付きの上部構造を採用し、上部構造が一体型になることなどについて説明を怠ったなどと主張するとともに、クリニックが一方的に診療を拒否して治療を放棄したと主張して、損害賠償の支払いを求めた事案です。

【争点】

  1.  担当医が患者の意向を無視したという事実の有無。
  2.  事前に治療内容について適切な説明を行わなかった説明義務違反の有無。
  3.  担当医が治療の終了を通告して、以後の診療を拒否したことに関する正当な理由の有無。

【判旨】

請求棄却 
(請求金額 1645万1547円)

⑴ 争点1. 2. について

本判決は、診療録や見積書の記載から、担当医が患者の意向を無視して治療を行ったという事実及び治療内容について説明しなかった事実は認められないとしました。

⑵ 争点3. について

本判決は、診療拒否については、患者が担当医の指示を守らないばかりか、暴言を繰り返したことによって、むしろ患者の言動によって信頼関係が破壊されていたこと、すでに上部構造の装着が終わっていたこと、及び患者が、支払いを拒否する客観的に合理的な事情がないにもかかわらず、患者本人の主観的な不満を理由として、治療費の支払いを複数回拒否したこと、などの事実関係に照らせば、担当医がコミュニケーションを取れないことを理由として以後の診療を拒否したことには、歯科医師法19条1項の「正当な理由」が認められ、したがって不法行為にはあたらないとしました。

本件のポイント

本判決は、どのような場合に診療拒否が許されるか、という点について興味深い判断を示しています。歯科医師法19条1項は、歯科医師は「正当な理由」がなければ、診療を拒んではならない旨定めていますが、この応召義務は、あくまで歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であって、歯科医師が患者に対して負担する私法上の義務ではないとされています(令和元年12月25日付け医政発1225第4号厚生労働省医政局長通知)。そのため、歯科医師が応召義務に違反しても、債務不履行責任を問われるわけではありません。しかし、本判決が当然の前提にしているように、応召義務違反は不法行為を構成しますので、クリニックは不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります。したがって、診療を拒否する場合には、応召義務違反を問われないように、慎重な準備が必要となります。

厚生労働省によれば、診療時間内に緊急性のない治療を求められた場合は、様々な要素が考慮された上で、比較的緩やかに「正当な理由」が認められます。そして、厚生労働省は、診療を拒否できる場合として、診療内容と関係のないクレームを繰り返すなどの患者の迷惑行為によって信頼関係が破壊されている場合や悪意による支払い拒否の場合を例示しています。裁判所も、同様の枠組みに基づいた上で、さらに診療内容と関係のあるクレームについても当然に判断要素に組み込んで、「正当な理由」の有無を判断しているようです。本判決も、患者の言動による信頼関係の破壊、治療の進捗度、及び合理的な理由のない治療拒否の回数を判断要素としています。

裁判所は、患者の迷惑行為の場合でも、悪意による支払い拒否の場合でも、患者との間でどのようなやり取りがあったかに着目します。したがって、クレーマーに対処するにあたっては、説明義務違反への備えと同様に、患者とのやり取りを記録化しておくことが重要です。本判決によれば、担当医は患者に対する説明及び患者の回答を診療録に詳細に記録していたようであり、また、患者から苦情を訴えられてからは、患者とのやり取りを録音していたようですが、このような的確な対処がクリニック側の勝訴につながったものと考えられます。

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